平和学習と学校図書館司書

先日(6月23日「慰霊の日」)の続きです。
米軍が久米島に上陸したのは1975年6月26日朝、
沖縄戦が実質的に終了してからのことです。
それまでは偵察機の上陸や局地的な空襲はあったものの、
陸上戦もなく、大きな被害はありませんでした。
問題は、島内にいた「海軍特設見張所」日本軍でした。
米軍の捕虜となり、降伏勧告状を持って来た島民をはじめ、
スパイ容疑で島民20人を虐殺しました。
20人の中には赤ん坊や子どもも含まれています。
まさに「外地でやった戦争を内地でやった結果」です。
(前沖縄県知事大田昌秀「久米島の『沖縄戦』」より。)

写真は、子どもたちがつくった折鶴を図書館司書の方がメッセージボードに仕立てたもの。
各学校が、島の慰霊祭に持ち寄ります。
一般的には千羽鶴を作るのですが、全校児童14人のうちの学校では無理なので、
こういう形になりました。
DSCN0590.JPG
この写真は、学校図書館の特別展示コーナー。
沖縄の学校には、どんな小さな学校でも専任の図書館司書がいるから、
こういうこともできます。
アメリカー世(戦後の占領時代)の時に、
アメリカの教育制度に従ってこうなったみたい。
つまり、アメリカでは学校図書館司書が当然のものとして存在しているということでしょう。
名古屋では、やっと始まったばかりです。
それも各区に1人とか2人とか、しかも午前と午後とで違う学校へ出かけるとかね。
DSCN0492.JPG
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