三線習っててよかったよ

私が通っている教室ですが、仲宗根研究所というらしい。
看板も何も出ていないし、私も人の紹介で通うことにしたわけで、
これまで全く知りませんでした。
仲宗根さんは、こちらではよくある名字です。
発音は同じナカソネでも、「中曽根さん」は見たことがないです。

おけいこ、順調に進んでいます。
だいたい1か月で1曲のペースで進んでいます。
これは、かなり速いペースみたいです。
覚え方というのが、三線はともかく唄の方は基本は口伝えですから。
そこはまあ私の場合はインターネットで補えるので、
あとはたくさんおけいこするのみです。

久米島高校の離島留学生(千葉県から来ているそうです)の子とおけいこしているのですが、
(というか、私が後からその子のお稽古日に入れてもらったという形ですが)
その子が夏休みに帰省している間に私だけ進んでしまったので、
ちょっとまずいことになったなと思っています。
その子にしてみると、やりづらいだろうな、楽しくないだろうな、
ますます練習したくなくなるんじゃないかな、と思って。
その子、三線も貸与だし、月謝も割引だし、ずいぶん優遇されていると思うんですよ。
若い世代にも三線の楽しみを伝えていく、という先生の思い入れが見えるようで、
彼女がおけいこを休むたびに、
もう来なくなってしまうのではないかと、ひやっとする私です。

先生と1対1なんて気詰まりかなと初めは思っていたのですが、
先生の音と自分の音のずれがよくわかるし、
三線に関わるゆんたくっていうのかな、それができるから。
よくおけいこしていますね、
噂はここへも聞こえてきますよ、
比屋定の教員住宅で三線の稽古をしている人がいるよって、と先生。
停電の時はどうせ何もできないし、見えなくてもできるから、ずっとお稽古をしていたんですよ、と私。
そうそう、それですよ、それが大事、と先生。
私が、出会った人たちがみんな先生のことを知っている話をすれば、
先生は、比屋定から先生の所へ通っている・いた人たちの話を聞かせてくれる。

先生は、ずいぶん長いこと教えていらっしゃるんですねと言うと、
先生は島外へも広がる愛好者のネットワークについて、うれしそうに話してくれました。
公立久米島病院の医師や看護師さんたちは、だいたいが3年勤務で本島へ帰っていきます。
中には仕事や私用で久米島へ来る人もいて、
そういう時には教室へ来て、お稽古を楽しんでいくんですって。
お稽古と言っても、要は先生と一緒に演奏する、
その中から自分でさぐっていく、ということだからね。
先々、そんなことが私にもできたらいいなあ。
でも、名古屋から久米島では、あまりにも遠い・・・

三線も、私と島の人たちとをつないでくれます。
そういえばバヌアツでも、教会の合唱団で歌っていたし散歩ばかりしていたっけ。
音楽と散歩は、言葉を超えて人をつなぐということでしょう。

DSCN1553.JPG
おまけその1。
学校の音楽室にずらっと並んだ三線。
小学校が小中学校だった時に中学生が弾いていたんだろうか。
チンダミ(調弦)さえすれば使えるのですが。
準備室にしまいこまれているよりも、ましか。
比屋定でも以前は教室があって、現中学生の中には習っていた子もいるそうです。
中学校の音楽の授業では、三線は扱うのかしら。
三線は、まちがいなく島の宝。
クラブ活動か何かで、さわりだけでも教えてあげられるといいのにね。

おまけその2。
豆腐工場の庭。
石臼が並べられていました。
他にも大豆を煮る大きな鍋が植木鉢になっていたりして、遊び心いっぱいのお庭でした。
P1480163.JPG












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