すてきな人たちに会いました

ふらふら島歩きの途中で偶然出会った人。
私の他にも、こんなところへ来る人がいるとは思わなかった、ですって。
いっしょに。涙石へ向かいました。
その昔、若き按司(あじ。支配者)が兄弟間の政争に巻き込まれ、
故郷の粟国島に返された母を思って、この石(写真右下の石)に登っては粟国島を眺めたそうです。
粟国島は見えなかったけれど、
海はどこまでも続いていました。
DSCN1669.JPG
それから、サトウキビの真ん中に取り残されたような昔ののろし台へ。
西銘にも同様のものがありましたね。
外からの船の航行を、那覇の王府まで知らせるための場所です。
DSCN1672.JPG



東京の方だそうです。
夏の間はあった羽田からの直行便も終わり、那覇で乗り換えて。
久米島は歴史的にも面白い土地だということで、話が弾みました。
東京では久米島への移住説明会にも参加したそうです。
問題はやはり生計を立てるための仕事を見つけること。
どうしても、医療・介護・教育・保育に需要が偏ります。
さらっとこちらへ移ってきた私は、やはり運がよかったのでしょう。

もう1人はピアノの調律師さん
久米島に来るとほっとするというのは、
のんびりと仕事ができるということのようです。
学校同士が近くて移動距離が少ないから、
4台調律してもこの時間に(5時半くらいだったかな)仕事を終えることができるって。
毎日の生活の中に、自分の時間をちゃんと確保することの良さを知っている人かな。
イタリアでの生活というのも、多分そういうものだったんじゃないかな。
いい仕事をしたい、だから時間に追われるのは嫌だ、みたいな。

子どもが独立したら途上国で仕事をしてみたいんですって。
それも私は、すでに実現してしまいました。
これも運がよかったのでしょうね。

この人がお世話している中でいちばん古いピアノは昭和13年のものだそうです。
沖縄出身の大学教授が故郷へ持ち帰ったものだとか。
それほどにピアノというのは寿命の長いものだそうです。
古いピアノでも、外側と枠と郷板以外をオーバーホールすれば、
つまり絃やハンマーなどの中味を替えれば、新品同様ですって。
そんな話を聞くと、グランドピアノ、ますますほしくなってしまいます。
ただね、ここでこんな素晴らしいピアノの音に慣れてしまうと、
せっかく自分で買ってもがっかりしてしまうんじゃないかなあ。
フォルテだって、無理して鍵盤をたたかなくても、
ちゃーんとびっくりするような音が響くんだよ。
上手に弾きさえすれば、いったいどんな素晴らしいピアニッシモが聞けることやら。

おまけ。
東京の人と再会を約して別れた後、旧道を通ってうちへ帰りました。
その途中の展望スポット、黒石森公園からの眺め。
小さな島ですから、ちょっと高いところならどこからでも海が見える。
DSCN1674.JPG







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