沖縄のお墓とカジマヤー(風車)

新聞で、こんな記事を見つけました。
これまでお墓のことを何回か書いたように、いろいろと興味は持っていましたし、
そうでなくても1面のトップの扱いですものね。
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玉陵はなんといっても王家・第ニ尚氏のお墓ですから、中の様子はうかがうこともできませんが、
那覇の隣の浦添市には、第一尚氏のお墓「浦添ようどれ」というものがあります。
こちらは博物館内に実物大の墓のレプリカが作ってあるので、
中がどうなっているのかよくわかりました。
規模こそ違うものの、一般の人のお墓でも内部は似たようなもののようです。
その昔は だいたいこんな流れだったようです。
 1.棺に入れた遺体をそのままお墓の中に入れておく。
 2.何年か後に取り出し、遺体を洗って、骨だけを取り出す。
 3.骨を厨子や壺に入れて、墓の中に戻す。
火葬の現在では、3の納骨だけです。
それでもお墓の中には骨壺がたくさん並ぶわけですよね。

内地だと、若い人たちが都会へ出ていってお墓を守る人がいなくなると、
お墓はそのまま放置されるか、無縁仏として扱われるかといったところですよね。
沖縄ではそんなことはありえないそうです。
私が同僚にその話をしたら、相手に「怒られませんか」と言われてしまいました。
怒られるって、いったい誰に??と思うでしょ? ご先祖様に、だそうです。
沖縄では、ご先祖様の方が墓を継ぐ人についてくるらしいのです。
ですから町へ出た長男は町でお墓を手に入れ、そこへ故郷からご先祖の骨壺を運び込む。
そうすると、故郷に残った親も安心するのだそうです。
故郷のお墓については、ユタに頼んで墓じまいをし、売ればいいんだって。
古いお墓が売れるの? そんなの、気味が悪くない? と驚きましたが、実際に新聞には広告が出ている。
現在の法律では昔ながらのお墓を建てることは難しいので、需要があるそうです。
ほんと沖縄って、文化圏が違う。

もう1つ、こちらの興味深い風習について。
沖縄は、干支の1回り、つまり12年ごとに祝いの機会があるそうで、
生年祝い(せいねんいわい)と呼ぶそうです。
スタートは十三祝い。5年生ですね。なぜ6年生ではないんだろう? なぞです。
地域によっては、小学校でもお祝いの行事をするそうですよ。
該当者には、みんなが金一封をもっていくのですが、なにせ回数が多いので大変。
それで島の婦人会が、一律1000円にしよう、食事会ではなく茶話会にしようなんて訴えていたんだね。
そういえばこの生年という言い方、よく聞きます。
あんた何年生だね、と聞かれて、
え私、子どもじゃなくて先生なんだけど・・・
生まれ年を聞かれているのだと知るまでは、どう返事をすればいいのか困りました。

8回目の最後の生年祝いが、かじまやー。97歳(数え年)のお祝いです。
当人がきらびやかな服装を身に付けて、
風車や風船などを飾り付けたオープンカーで集落を練り歩いたり、
親族一同が集まってホテルで食事会をしたり、
めでたいこととはいえ、子どもたち(特に長男)は大変だわ。

同僚がカジマヤーに参加したとかで、学校へもお菓子のおすそわけをいただきました。
左は、とっても大きなサーターアンダギー。
売っているのを見たことがないから、この日のための特注なのでしょう。
低学年の子たちは、風車をもらっていました。
私も見たかったなー。オープンカーでのパレード。
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