悲しくて、里心

こちらへ来てから知り合った人が突然亡くなりました。
心筋梗塞だったそうです。
神奈川で25年、中学校の特別支援学級で教員をし、
それから久米島へ移住してすでに10数年、
昨年は私が勤務する比屋定小学校で複式学級の支援員をしていた人です。
年齢も境遇も似ている人として、いろいろな話ができるはずの人だった。
亡くなったその日に、
お互い、身の振り方について考えないとね、
今日は都合が悪いけれど、
近いうちにまたお茶でも飲みに行きましょうと約束したのに。

一度だけ、2時間くらいかな、お話をしたことがあります。
久米島のいろいろなこととか、比屋定校の子どもや先生のこととか。

複式学級では、先生が1つの学年を指導している間、
もう1つの学年は先生の指示で課題をするというスタイルです。
本来支援員というのは、その課題組の方の支援をするものなのですが、
学校の実情として、単独で授業を受け持ったりもしていたそうです。
そうすると、先生たちは空き時間や教材研究の時間ができるから。
でも、年度途中で突然その形態が打ち切られた。
学校の側からいうと、担任と指導方法が食い違うので、ということだし、
指導員の側からだと、担任の授業よりおもしろい授業だったから、ということだし。
その時は、まあ立場が違うとそんなもんかな、と聞き流していたんだけど、
死んだ人の言葉は、ずしりと重いね。
昨年度のことがあって警戒されているのかな、
居心地の悪さを感じることがちょくちょくあります。
沖縄式の教授法に、相変わらず私がなじめないということもあるしね。

そういうわけで、
どうぞ、何でもどんどんやってください・・・ではないんだなあ、残念ながら。
私のキャリアが邪魔をする、ということらしい。
うれしいような、困ったような。
やっぱり困ったことなのでしょうね。
ちよっと、里心がわいてきました。

亡くなったのが内地の人だし、いろいろ事情もあるようで、
いわゆる告別式というか、お葬式はありませんでした。
でも私個人の気持ちとして、火葬の日は黒い服で過ごすことにしました。
弔意というのは個人的なものだし、人に押し付けるものでもないけれど、
それにしてもその日に飲み会を設定するって、
うちの学校はいったいなんなのさ。
私は参加せず、1人静かに亡くなった人のことを思うことにしました。

おまけ。写真が何もないのもさびしいと思って。
11月に入ったら、こんなビールが並ぶようになりました。
亡くなった人は、お酒も飲まない人だったのに。
ちらほら咲いている桜は見てから逝ったのならよいのですが。
DSCN1883.JPG





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