久米島に暮らした1年間を振り返る

昨年の5月5日に名古屋を立ち、久米島での暮らしを始めました。
だから、今日が1年目の最後の日で、明日から2年目が始まります。

1年間どうだったかというと、うーん、どうだったんだろう。
島での山里暮らしですが、これは予想もつかない生活だっただけにおもしろいものでした。
人々が支え合って生きてきたことの積み重ね、といったものを感じられました。
先祖が営々と築きあげてきたものを見捨てるわけにはいかない、
サトウキビ畑を守っている人たちは、そんな気持ちのようです。
とはいっても、若い人たちにはそれは無理な事だともわかっている。

一方、島では収入的には安定している(であろう)会社のサラリーマンや公務員はどうかというと、
仕事があるうちはいいけれど、退職後はこんな退屈なところにはいられない、と、
お墓ごと本島へ移っていく場合も多いみたい。
若い人たちが生活の本拠を本島に移すから、
家族で一緒に暮らしたいと思えば、そうなる。
久米島だけでなく、他の離島でも同じことで、
そして年寄りの1人暮らしが増える。
ゆったりとした伸びやかな暮らしというのは、見ている側の私の思い込みかもしれない。
それに満足している人もいるんだけれど、少数派でしょう。
これは久米島でも田舎の比屋定の話で、
港側の、もう少しにぎやかなところに住む人たちはまた違うのかもしれないけど。

学校はというと、今年は15人の児童がいますが、
来年度は7人卒業して1人入学し、よくて9人、悪ければ3人転出で6人かそれ以下です。
児童数7人以下の学校は、教頭職もなくなるんですって。
支援員もいなくなるから、教職員も11人から6人になるかも。
現実的には、限界を超えているかな。
学校として機能しなくなる気がします。
音楽の授業なんて、2年生から6年生まで一緒にするから、
レベルもどんどん低くなるばかり。
おまけにほめて伸ばそうが方針だから、技能も上達しない。
というか、ほめられてばかりだから、自分ができないことすらわからない。
だから、努力する必要も感じないし、しない。

集落にも子どもにも活気がない。
島に戻ったら、自宅で中学生の学習室を開くというのはどうかな、と思っています。
土日の勉強会とでもいうのかな、
わからないからわかるようになりたいという気持ちをもってもらいたい。
塾もない島だけど、こんなふうに自分で勉強することもできるんだって。
中学生は、土日も部活でだめかな。
こないだハリーポッターの本を読んでいる子に英語版をプレゼントしたけど、
外の世界の風とでもいうか、刺激を与えるっていうのも、私にできることじゃないかと思って。

話が飛びますが、スリランカのキャンディで、王立植物園を尋ねました。
市内からローカルバスで20分くらいだったかな。
すべての草木が実に伸びやかに育っています。
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日本にもある草花が花壇を彩っていましたが、
なんだかみんなひょろ長いんだよね。
このサルビアはそうでもないんだけど、
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これは百日草でしょ?
風が吹いただけで折れてしまいそう。IMG_20190328_111938.jpg
密集して種をまくとそうなるんだけど、
日本では間引いたり、ポットに植え替えたりして育てるから、茎も太いどっしりした苗になるのかな。
スリランカの日差しの強さに耐えられるのかしら。
これは確かガーベラ。
皿回しみたいに危なっかしい咲きっぷり。
IMG_20190328_111823.jpg
それとも物量大作戦で、ちょっと元気がなくなったらどんどん植え替えるのかしら。
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その地にあった植栽の方法があるということは、久米島にいてよくわかったけど、
この植物園では、私の頭の中で?がいっぱい飛んでいました。

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