真謝(まじゃ)で散歩

久々の集落散歩編です。
(西銘で散歩仲地で散歩宇江城の散歩道など、ラベルの"散歩"も見てね。)
真謝(まじゃ)はも久米島では古くからある集落で、
学者仲原忠善を出した土地です。

以前からの集落の様子がよく残っている地区で、
町の計画保全地区に指定されていたと思います。
フクギの防風林や赤瓦の民家の家並みのことです。
フクギについては、やむをえず切る場合には、どこにもう1本植えること、となっています。

戦後、コメの減反政策で稲作がサトウキビ栽培に切り替えられました。
島の北側の比屋定や宇江城は、規模の大きい畑があるので、
そこから切り出したサトウキビを南側の製糖工場へ搬入するために、
島1周道路の整備が進んだらしいのですが、
その時にこの真謝集落のフクギ並木が邪魔になって、
けれどもなくしてしまうには忍びないということで、
中央分離帯のようにして残してあります。
「真謝のちゅらふくぎ」、観光用のパンフレットには必ずといっていいほど載っています。
DSCN2697.JPG
でもね、1周道路の1本内側に入ればこれこのとおり、
お情けみたいにして残されたのではない、現役のフクギ並木が立派にそびえたっています。
いいですね、自然で。
ちっともわざとらしさや無理がない。
あるべき所にあるべくして、立っている。
DSCN2698.JPG

おまけ。
天后宮。
中国から来た冊封使(新しく王位についた国王を認める使者)の船が難破した時に、
この地の人たちが命がけで救助したことを記念し、
琉球王の命で航海の女神、天妃を祀る祠を建てたそうです。
その折には中国の人たちからも扁額や銀が届いたそうで、
その銀は明治までこのお堂の保守管理に使われたそうです。
屋根の修復が終わったところですね。
DSCN2693.JPG
内部も見られました。
DSCN2691.JPG
三線を作っているところは、島でここに1軒あるだけだから。
あのときは町営バスでやってきたので、あたりを歩きに歩いたけれど、
舗装こそしてあるものの、細くて曲がりくねって、昼なおうす暗い中の路地までは
迷子になりそうで、そうそう入り込む度胸がなかったっけ。
この風景に対する私の畏敬の念は、何度見ても、初めて見たときとちっとも変りません。

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