三線のおけいこも2年目です

去年4月に久米島へ下見に来るや、
すぐに三線の注文に行ったというのに、
島時間とでもいうのかなかなか作ってくれなくって、
5月も末になってやっと先生の元へ出かけるようになったのでした。
先生にそう言ったら、ほお、もうそんなになりますか、ですって。
ほめられたのかその反対なのか、どうとらえていいかよくわからない返事でした。

11連休(カレンダーでは10連休だけど、自主的に延ばしたので)の間、
まったくおけいこをしませんでした。
楽譜だけは名古屋へ持って行き、
歌だけでも練習しようという気持ちはあったのですが、結局ダメでした。
予定外にもピアノのことで夢中になってしまったので。
案の定、島へ戻って最初のお稽古は散々でした。
でもね、以前に習った曲は簡単でも躓くのに、
近々に習った曲は大丈夫なんですよ。
難しいはずの古典なのに、
「押しどころがよくなってきているから、音がずれなくなった、このようにね(この調子でねの意)」
今の私にとっては最もうれしい言葉でほめてもらいました。
だって、耳ができてきたってことでしょ。
目印にとらわれず、自分の耳で聴いて音を選んでいるってことでしょ。
この一言だけで、もう1年続けられる、と思えたほどです。

幸い、連休明けのおけいこも3回目からはなんとか立ち直りましたが、
新曲3曲、しかも全部古典、おまけにマイナーなのか、ユーチューブでも見当たらない曲ばかり、
同時並行的に習うことになったみたいで、意気消沈しています。
先生いわく、
毎回1回ずつはさらいましょう、そのうちには整ってきますよ、ですって。
とてもそんなふうには思えないんだけど、その言葉にすがるようにして練習するしかない。

以前、遊びションガネー節のことを書きましたが、
ちょっとまた思いついたことがあるのでもう1度書きます。
歌劇って、モーツアルトにしてもヴェルデイにしても、
まずメロディありき、という気がするんです。
でもプッチーニのアリア(詠唱)はちがう。
あふれ出る思い、押さえても抑えても、
おさえきれずにこぼれ出る思いがそのままメロディになるっていったらいいのかな、
文学的な、浪漫的な、私小説的なって言ったらいいのかな、
思いにメロディが寄り添ってきて一体となり、辺りを満たしていく、
そんな感じ。
プッチーニのアリアを歌うことは、私にはとても無理だけれど、
遊びションカギネー節をプッチーニ風に歌い上げることはできると思う。
他の曲は、地声で歌えるように練習していますが、
この曲だけは、頭声発声は譲れないな。

おまけ その1。
まったく関係ないんだけれど、スリランカ、キャンディのカフェ。
宿泊したクィーンズ・ホテルの一部です。
カウンターもその奥のキャビネットもすべてチーク(黒檀)、重厚そのもの、これぞ古典といった感じじゃない?
スリランカのカテゴリーで紹介できなかった写真を、時々載せたいと思っています。
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おまけ その2。
久米島学習センター(町営塾)に洋書を寄付しに行ったら、
担当の方に大変喜ばれて、写真が送られてきました。
まあ高校生が読むかどうかは分からないけれど。
他の本もあればぜひ、とのことだったので、
夏休みに帰省した時にはハリーポッターとロード・オブ・ザ・キングを届けることにします。
もり、というのは、英語担当の先生のお名前でしょう。
私が読んだ本がまた、こんな形で誰かの役に立つとしたら、うれしい。
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