辞退届の提出

なんだかんだで結局参加届提出の期限までに出せなくて、
まあ期限の日にちを間違えていただけなんだけど、
事務局から請求のメールが届いてしまいました。
ここでとりあえず参加届を出しておいて
ぎりぎりまで様子をうかがうという選択肢もないではないけれど、
組織としてのJICAが、この選考にどれほどの手間暇をかけているかと思うだけで、
申し訳ないという気持ちで胸がいっぱいになるくらいだし、
今思えば(当時はそんなことを思う余裕はないです)、
直接お会いした面接官の方たちと、英語のブラッシュアップはどうしていますかなんて、
明るく前向きに話をしていたことを思うとほんとうにつらいんだけど、
辞退届の用紙を見せた時に夫(になる予定の人)が口にした一言
"安心した"も心に強く引っかかっていて、とても裏切れない。
そんなわけで、今朝はまず電話で辞退を申し入れ(情けなくも半泣きでした)、
そして辞退届を書面で郵送したのでした。
こんな写真を撮っているということが、そもそも未練がましいんだよね・・・
DSCN3727.JPG弁解にしか、というか、弁解にもならないけど、
ほんとうに2次試験の時には、島嫁になるなんていう可能性はまったくなく、
結婚するなんて決めたのは、いわば、
結果を待つ間の不安な、エアポケットのような時間に、
起こるべくして起きた出来事ということなのかなとも思います。

おまけ。
名古屋空港へ到着して、荷物が出てくるのを待っているときに見つけた広告です。
そうそう、これが名古屋めしさ、と、
比屋定校で「名古屋めし料理教室」を開いた時のことを懐かしく思い出しました。
まだたかだか半年前のことなのにね。
悲しいほどに、懐かしい。
DSCN3713.JPG
私の教員生活も、
産休育休、2度の介護欠勤、自己啓発休業(ボランティア休暇)、早期退職と、
いろいろあったけど、なんだかんだといいながらも人並みに
定年の年までは続けることができました。
一般企業に勤める同級生の中には、定年退職を迎えている人もいるのですからね。
新しい生活を始めるのに、ちょうどいい時が来たということなのでしょう。
でも世界中のどこにいても、名古屋は私の故郷、私の町。
・・・といっても、もう世界のどこかで、
英語や現地語で生活するなんていうことはなくなってしまったんだけど。
久米島の風に吹かれながら生きていくことにしたんだけど。
でも、でもね・・・
あーあ、またもや後悔の念に襲われるのでした。
いかんいかん、前向きにならなくっちゃ。

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