博物館みたいなお墓

旧暦1月16日、後生の正月(あの世のご先祖と正月を祝う)の日に、
自分の家の墓参りの前に堂の比屋の墓へお参りに出かけました。
村は高台にあるのですが、海辺まで降りていき、
近くの藪の中に入っていきます。
夫がなぜ鎌を持ってきたかがわかりました。
長靴を履いてこればよかったと思うほどの足下の悪い中、
欝蒼としている木々を払いながら進みます。
学校の裏山を登ったときのことを思い出します。
9BE572F3-5344-4A9A-8A5D-5F64AEBBDF09.jpeg
入口が見えてきました。
自然にできた洞窟の入り口に石を積んで、随分長い壁が作られています。
その一部が入口となっていて、
やはり石が積んでありますが上部が開いています。
かって天井が崩れたことがあったのでしょうね。
補強のためにコンクリートの板がはめ込まれていました。
B4C21213-DDE2-4ADB-90F1-3A195FAB0AE3.jpeg
今の宇江城の地は以前「堂」という地名だったようです。
堂の比屋というのは、その地の有力者でした。
その人の墓とされているところへなぜ出かけるのか、
今となってはわからないのでしょうね。
昔からそうすることになっている、というだけで続いているようです。
遠いご先祖なのか、それとも
うちの墓も元々はこのお墓の近くにあったのを
道路拡張のため立ち退きにあって今のところへ移ったという話ですから、
夫は墓守の一族の末裔のようなものかもしれません。
D67C3D8D-A644-4C3C-A771-3263996B8A7B.jpeg隙間から中をのぞいてみると、骨壺がいくつも並んでいました。
甕形だけでなく家型のものも見られます。
博物館に展示してあるものと同じです。
博物館にあるのはただのモノ、遺物ですが、
ここは場そのもの、遺跡です。
義姉が言うには、以前は彩色された陶製のものもあったけれど、
いつのまにか見当たらなくなったから盗まれたのではないか、ということです。
墓碑でも出て年代等が確定されれば保存のしようもあるのでしょうが、
町に管理を依頼しても、できないの一言だそうで、
自分たちでやるしかない、というのが姉の弁ですが、
それもいつまで続くやら。

島の中でも辺鄙な里、宇江城の、そのまた人里離れた亜熱帯ジャングルの中、
年々訪れる人も減っていく、ひとりとり残されたような遺跡。
生まれて初めて、歴史というものに絡め取られたような気がしたのでした。

この記事へのコメント

ラベルリスト

カテゴリ

2020年05月
               1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31