新曲「あやかり節」

週に2回のおけいこの日。いつものようにさらいます。「遊びションガネー節」の番がきたときに、先生が思いっきり歌ってごらんなさい、声も出してね、とおっしゃったので、それではと、暗譜で挑戦。思いっきり歌に強弱や抑揚をつけて歌ってみた。これって、完全に西洋音楽の歌い方だと思うんだけど、先生からはとくに直しなさいとは言われませんでした。むしろ「そのように優しく弾くのはいいですよ、歌が通りますよ」ですって。本当に、何がよくて何がよくないのか、わけがわからなくなってくるのですが、先生としては、まあ悪くはないんだし、本人が好きなものはしょうがない、といったところなのでしょうか。実際、次のおけいこの時は生徒が2人だったので、やんわりと、相手に合わせるように言われました。 今日は生徒が私1人だけの気安さで聞いてみました。秋(多分10月?)にカジマヤーにお呼ばれしているんだけど、もしあんたも何かやれと言われた時に、(いくら先生おすすめの私の1曲にしても)この曲はちょっとふさわしくないですよね、と。そうですね、カジマヤーですか、ならば「あやかり節」を練習しましょう。この家の幸せにあやかりたいという、大変におめでたい曲です、いろいろなシーンで歌えますよ、ですって。久しぶりに、古典ではない新曲です。ほっとするやら、ちょっと物足りないやら…複雑な気分です。りんけんバンドって、聞いたことがあるでしょうか。その照屋林賢さんのお父さん、照屋林助が作者です。おじいさんも音楽家のようです。こうやって、琉球の音楽の水脈が続いていくのかな…

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そけいさんに聞かせなさい

そけいさんというのは、久米島の有名人です。ラジオの民謡番組も持っているし、そけいさんが阿嘉の湧水で作るそけいもやしは、島の名物です。そけいさんは学区の上阿嘉の区長さんなので、行事や会議の折にちょくちょく学校へも来ます。 三線の先生から突然に聞かれました。「そけいさんとは時々一緒に演奏していますか。」とーんでもない、私など、あんな大それたことは、きっと最初で最後ですよ。それなのに先生は、「今度ね、ぜひそけいさんにこの歌を聞かせなさい。」ですって。この歌というのは、「遊びションガネー節」です。そけいさんは民謡の大家ですが、古典を愛する私の先生としては、にぎやかな民謡に対して、もっと内省的な古典というものの在り様を、指導者次第では初心の私でさえ実現しているみたいなことを示したかったんじゃないか、というのは考えすぎかな。 この曲なら人前でひいてもいいというお墨付きを頂いたようなものですかね。(もっとも図々しい私は、 お墨付きをいただく前から、いけしゃあしゃあと人前で弾いていましたが。)お墨付きをもらったのが、私の一番好きな曲だったのが、またうれしい。先生もそれは気が付いていたみたいで、「この曲好きでしょう、聞いていればわかりますよ。」ですって。 古典には、背中をしゃんとして直立不動で弾くべき儀式的な曲もあるけれど、こういうとても私的・詩的な歌もあるんだよ。女心だからね。プッチーニのトスカだよ。短い曲だけど、いつのまにか先生に聞いてもらっているのを忘れて、いつもうちでそうしているように、自分のために歌…

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こんな日もある

三線のお稽古日。30分くらい、いつものように既習曲をさらっていたら、先生に「とてもいいですよ」とほめていただきました。この日はとても調子が良かったのは自分でもわかりました。先生の弾く三線と私の弾く三線が、気持ちがいいくらいぴたっとあう。歌もたっぷりと歌えたから、もしかしたら多少キーがさげてあったかもしれないな。三線の場合、3本の絃の音程は固定ですが、キーはかなり自由に変えられるから。 古典中の古典「かぎやで風」、相変わらず苦戦していますが、「初めはなんだこの曲は、わけがわからないと思っていましたが、 練習すればするほど好きになってきました。」と先生に伝えたところ、先生はちょっと驚いた様子で、でも「ありがとう」とおっしゃったので、え、なんでありがとう? と、今度は私がびっくり。先生いわく、この曲は本当に特別な曲で、子どものころから周りの大人が歌うのを聞いて育つ、それでも何度歌っても飽きることはない、と。1年ちょっと沖縄で暮らして、それは分かる気がします。冠婚の場はもちろん、町の新人歓迎会でさえ、学校紹介の登場曲に使われるくらいですから。それも踊り付きで。 おけいこには、いい時と悪い時とがある。歌も三線も、ある日突然、水の中からぽーんと浮き上がって息ができるような、そんな感じの時がある。だから練習を続けるしかない。そして先生は、ごちゃごちゃ教えたりせず、じっとその時が来るのを待っていてくれます。なんてすてきな経験なんだろうと思います。 おまけ。私の住む教職員住宅の土間に、肥料の袋に入って大量の野…

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三線おちこぼれ

三線の先生が、私を含めて生徒3人で合奏する機会を設けてくださいました。古典の曲については、私がいちばん弾けなかった・・・ バーデハウスでなぜか知らないおじいに声をかけられました。「三線は続けていますか」って。誰だろう。どこかで話をしたことがある人なのかな。難しくてできなくて、ちょっといやになったと正直に言ったら、「本(楽譜)は読めるんでしょ? けいこをたくさんしたものが勝ちですよ。」と言われました。その通りです。それしかない。 ゆんたくでおじいに、体を動かして弾いている、と笑われました。三線は上体を立てて直立不動で弾くものだって。でもさ、体中でリズムを感じて、リズムがなければ自分で作り出して、というのが私のなじんだ音楽のスタイル。ピアノを弾くときだってそうだし、ダンスを習うときだって先生は音のない所でも動きで音を奏でなさいって言っていたし。あーあ、この島での数少ない不満、それはダンスを教えてもらって踊る場所がない、ということです。残念ながら、1人で楽しむほどの技量はない・・・ 話がずれました。三線ができない話に戻ります。学区にある「仲里節」の歌碑。タチジャミ(立神)公園の駐車場にあります。このたった4行の詞が、途中で延々と引き延ばされて1番から4番までの歌詞になります。漢字で表現するとどうってこともないけれど、ちきばなかさとぅや、はなぬむとぅてぃむぬぅ、さちじらばちゅうぃだ・・・と琉球語で歌うのですから、文字の歌詞とは別物のようになります。なんといっても、「くゎ」や「ゐ」も「ヰ」もでてくるか…

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三線のおけいこも2年目です

去年4月に久米島へ下見に来るや、すぐに三線の注文に行ったというのに、島時間とでもいうのかなかなか作ってくれなくって、5月も末になってやっと先生の元へ出かけるようになったのでした。先生にそう言ったら、ほお、もうそんなになりますか、ですって。ほめられたのかその反対なのか、どうとらえていいかよくわからない返事でした。 11連休(カレンダーでは10連休だけど、自主的に延ばしたので)の間、まったくおけいこをしませんでした。楽譜だけは名古屋へ持って行き、歌だけでも練習しようという気持ちはあったのですが、結局ダメでした。予定外にもピアノのことで夢中になってしまったので。案の定、島へ戻って最初のお稽古は散々でした。でもね、以前に習った曲は簡単でも躓くのに、近々に習った曲は大丈夫なんですよ。難しいはずの古典なのに、「押しどころがよくなってきているから、音がずれなくなった、このようにね(この調子でねの意)」今の私にとっては最もうれしい言葉でほめてもらいました。だって、耳ができてきたってことでしょ。目印にとらわれず、自分の耳で聴いて音を選んでいるってことでしょ。この一言だけで、もう1年続けられる、と思えたほどです。 幸い、連休明けのおけいこも3回目からはなんとか立ち直りましたが、新曲3曲、しかも全部古典、おまけにマイナーなのか、ユーチューブでも見当たらない曲ばかり、同時並行的に習うことになったみたいで、意気消沈しています。先生いわく、毎回1回ずつはさらいましょう、そのうちには整ってきますよ、ですって。とてもそんなふ…

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