三線とジャズ

「祝節」(いわいぶし)という歌を練習し始めました。
冠婚、年賀、各種行事、どんな場面でもOKという、おめでたい歌です。
西洋音楽にはない音もたっぷり出てきて、いかにも琉球音楽といった感じの歌です。
どんな曲か気になる人は、こちらをどうぞ。

このピアノにはない音というのがクセモノで、
西洋音楽にどっぷりとつかってしまっている私には、
なんというか、むず痒い? というか、気持ち悪い。
それでついつい、ピアノの音程に合わせてポジションをとってしまう。

音程の他にもう1つ、リズム、です。
拍の裏と表がくるくると変わるのです。
ジャズみたいだな、と思って。
自己流でジャズピアノのおけいこも続けているのですが、
ピアノを弾きながら、似ている、なぜだろうと、ずっと思っていました。
ようやく腑に落ちたことは、
服のボタンをわざと掛け違えるようなところが同じなんだ、ということ。
かけちがえていることを、どう? かっこいいでしょ、すごいでしょ? とアピールして弾くか、
気付かないほどにさらっと自然にやってのけるか、
ピアノだと、そこは弾き手次第だと思うけど、
今どちらの状態なのかということは、
少なくとも弾き手は常に意識しているはず(だと思う)。

沖縄の人が歌三線をするときは、絶対に意識していないと思う。
ボタンの掛け違えは、主に歌の方でしょっちゅうおこるんだけど、
掛け違えた時点で、その状態が普通になる。
だから弾く側も聞く側も、ことさら意識なんてする必要がないということなのかな。
意識しているけどそれに気づかせないのと、はなっから意識していないのと。

もしかしたらそれって、音楽だけでなく、どんな場面でもそういうことなのかなという気がします。
状況がどうかわろうと、かわったあとの今の状況が普通、とさらっと受け入れる。
ややこしい独り言ですみません。
でも私にはかなり切実な悩みなのです。
いつか、そんなこともあったっけと、さらっと言えるようになるといいんだけど。

おけいこに出かけたら、先生から
「ぜひいっていらっしゃい」と整理券までいただきました。
この会があることは以前から知ってはいて、
おけいこの日と重なるからどうしようかな、と思っていたのですが、
要は先生が行きたいんだよね。
那覇からやってくる三線に舞踊、おまけに琉球交響楽団とのアンサンブル。
私も行こうと思います。
DSCN1651.JPG

おまけ。
教室、もとい、研究所の庭に咲く黄色い彼岸花。
こちらでは、赤より黄色の方がよく見かけます。
彼岸花ではなく、ショウキバナと呼ぶらしい。
ショウキランが正式の名前で、ショウキというのは、
どういう関係なのかは知らないけど、鯉のぼりの鍾馗、です。
DSCN1597.JPG






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