子どもたちに知らせたい3つの日

私にとって2回目となるの慰霊の日に、「この3つの日については、子どもたちに知らせていく責任が私たちにはあります」と校長先生が言いました。3つとも、沖縄の人でないとピンとこないでしょうね。私も、去年はそうだったから。 ① 1951年4月28日 サンフランシスコ講和会議で、沖縄が日本から切り離され、アメリカの施政下に置かれることになった日。② 1972年5月15日 27年ぶりに、沖縄がアメリカから本土に復帰した日③ 6月23日 慰霊の日。 1945年のこの日に沖縄の日本軍司令官と参謀長が自決し、日本軍による組織的な戦闘が終わった日、沖縄の日本軍が消滅した日です。 ①と②については新聞等のニュースでこそ取り上げられますが、久米島の人々の生活の中でとりわけ何かを行うというわけではありません。けれども③慰霊の日は別格です。休日になるくらいですから。 学校図書館では年に何回かの読書旬間がありますが、今回のテーマは「平和について考える」です。展示コーナーより。2年生3年生の子どもたちによる平和かるたです。艦砲射撃と空爆が中心で、地上戦がなかった久米島でも、やはり戦争のもたらす悪夢からは逃げられませんでした。 今年の6月23日は今度の日曜日です。会場となる上田森公園(日本軍がいたところ)では、式典に備えての環境整備が進められていました。比屋定校を代表して6年生2人が参加します。久米島の人々にとって、大切な日です。

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フィリピンからのお客さん

リュウキュウアオヘビ、アカショウビンに続く3番目のお客さんです。フィリピン人のお母さんが島人の日本人男性と再婚するということで、やってきました。比屋定校には同じような立場の子どもが通学しているから、その人たちに紹介されてきたみたいです。 この女の子、4年生のクラスに入りました。これで4年生は4人になりました。私は担任じゃないし、特別支援員という立場上頼まれもしないんだけど、この子、幸い英語は分かるようなので、必要に応じてお手伝いをするようにしています。頼まれもしない・・・だいたい私がやっていることはみんなそうなんだけど。校長先生が、教育委員会に日本語指導員の配置を依頼すると言っていましたがそもそも久米島にそんな人がいるかどうか、いなければ新たに雇い入れることができるかどうか、です。人材がない・・・離島の悲しさです。 今はまだ体験入学、つまりはお客さんですが、なんとか比屋定校での生活になじんで、2学期からは正式の転入生になってほしいですね。子どものことだから生活言語はすぐに身に付くでしょうが、算数の未習分野など、またお手伝いしてあげればいいかな。本人がやる気でいるのが何よりです。 余談ですが、中根千枝さんへのインタビュー「序列のある社会は本来、女性にはプラス」を読みました。その中で上野千鶴子さんの東大入学式の式辞について。インタビュアーの方がこんなことを言っていました。上野さんの祝辞で最も反響があったのは、東大生は頑張れば報われると思ってここまできたが、頑張っても公正に報われない社会が待ってい…

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これぞ島バナナ

HKさんの牛舎の隅にあるバナナの樹です。実の重みで枝がしなっています。実を切り落とした瞬間に、ポーンとはねかえりました。樹になったままの状態で、過熟といってもいいくらいの完熟です。皮が自然にはじけてきます。1本食べたら甘いのなんのって。もっちりして、おなかがふくれる味です。小さなアリやカタツムリまで、甘さにひかれてはるばる登ってきます。HKさんいわく、カラスに見つかったら終わりだな、全部食べられてしまうからですって。自分の重さに耐えられなくなった実が、房からどんどんとれていきます。こうなったらもう、1両日のうちには食べないと。 途中で子どもたちにもあげて、学校へも持って行ったら、校長先生が喜んで、いろいろ教えてくれました。バナナの樹は一生に1回しか実をつけないから、1回実のついた樹は切り倒す、その前に近くに子どもの木がはえてきているから大丈夫、実がなるまでには1年4か月くらいはかかるかな、島バナナはネットで売ったらすごい値段になるんだよ等々。そうだよね、山里ゆんたく市場でも、青いのがたしか3500円くらいで売っていたもの。 おまけにジャガイモももらいました。芽はちゃんととって食べるように、だって。さすがにそのくらいは知っているよ。さて、何を作ろうかな。名古屋の家でなら、オーブンでローズマリーと焼くんだけど。HKさん、仕事仕事って忙しそうだったから、シークワーサーもマンゴもほしいとは言えなかったよ。でも図々しい? 私だもの、あきらめてはいないからね。なんといっても、木からもぎたてのものを…

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久米島の黒さーたー(黒糖)

久米島産、昔ながらの手作り純黒糖(向かって左)。おやつ村に売っています。ほのかな緑色がかかった茶色、噛まなくても舌でつぶせる柔らかさです。1かけら口にしただけで、右側の加工黒糖との違いが分かります。値段もずいぶん違うよ。純黒糖は加工黒糖の約7倍です。 職業人講話として、このお店のお嫁さんが学校へやってきて、興味深い話をしてくれました。黒糖づくりの始まりは、放棄されたサトウキビを見たおじいが、もったいない、なんとかしたいと思ったこと。以来イベント等の折に出品していましたが評判がよく、たまたま宮古島で搾り機を見つけたことから、商品化が進んだそうです。お嫁さん曰く、伝統的なモノづくりの他にも大切にしていることがあるんですって。それは、お店に来るお客さんに久米島の良さを発信することだそうです。久米島はいいところだけれど派手さはない。けれども1回ではなく2回目も来てもらえれば、その人はまずリピーターになってくれるんですって。だから新しくできたお店とか、久米島の新しい情報を伝えることができるように、すごく勉強しているんですって。 職業人としての心構えは当然のことながら、私がいいなと思ったのは、久米島のために何かをしたいと思い、そして実行するということです。黒糖づくりの後継者さえ見つけたんですよ。生活が立ち行かないというのは仕方がないにしても、定年退職後、こんな退屈な所にはいたくない、と島を離れる人もいます。比屋定や宇江城の人たちのように、島を愛して島に生活の根拠を置き続けるだけでも十分だけど、それでは現状…

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島くとぅば(言葉)の優しさに包まれて

最近、「ゆたむに」という言葉を知りました。独り言という意味だそうです。「ゆた」は奄美・沖縄地方のシャーマンのことです。神の憑代として語る時の様子が独り言を言っているみたいということのようです。「朝比奈さん、またゆたむにしてる。」というふうに使います。1人暮らしだと、ゆたむにすることが増えるみたい。 体調を崩して、三線のおけいこを休みました。その連絡をしたら、三線の先生が心配してくれました。標準語の混じった島言葉だから、私には理解はできても再現はできないんだけれど、先生の言葉がとても柔らかで優しくて、心細い時だっただけに身に沁みました。学校の先生たちの話し方もそうです。声は小さめのうえ、語尾が「しましょうね」「あげましょうね」ですから。それからやたらと「大丈夫ですか」と聞かれます。私ってそんなに不安がられているのかなあと思っていましたが、軽い確認の意味でつかわれるらしい。もっとくだけた言い方だと「大丈夫ね?」となります。聞き返したりするときには「なにね?」となります。? はつけましたが、語尾が上がるわけではありません。むしろ下がるくらいです。好きだな、こういうやりとり。 もちろん優しいばかりじゃないんだけどね。「食べれ」「見れ」「投げれ」というふうに、動詞の命令形がe段でおわるんですよ。「やらす」「させる」などの使役の表現も、強すぎて怖いくらい。実際には「やってもらおう」「してもらおう」くらいの程度の強さのようですが。優しい言い方はすぐに身に付いて私も使えるようになったけど、命令と使役につい…

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私たちの町たんけん

3年生の社会科と理科を受け持っています。もぐりだけど。だって私は支援員、授業をすることは禁じられているのさ。でも山の中の小さな学校ではそんなことも言っていられないから、お目こぼし状態。そういえば、安く使われていますねと言われたこともあります。支援員の給料で授業のできる講師を雇っているんだから。半ばボランティアのつもりだから、それはいいんだけどね。金額だけでいえば名古屋で非常勤講師でもやっている方がよっぽど高いんだし。 閑話休題。3年生社会科1学期のテーマは「わたしたちの町」です。久米島の土地利用についても取り上げます。高い土地と低い土地の利用の実際を見学に行くつもりです。 低い土地といえば、海岸沿い。そこでの土地利用といえば、観光と漁業です。ダイブショップの人にインタビューしたり、できれば船に載せてもらって、海からモズク畑やエビの養殖場を見学したい。 高い土地の利用といえば牛の肥育でしょう。牛の肥育農家は学区にも数件あるんだけれど、私なりのこだわりで、できれば女の人がいる農家を見学したいなと思っています。先月牛の競り市を見に行って、女の人が活躍していることを知り、感動したので。3年生は3人、みんな女の子です。この子たちが将来職業を選ぶときに、性差にこだわらずに選べる一助になればいいなと思って。まあそんな頃にはこの子たちはきっと、私みたいに変に構えることなくえ? 男とか女とか、そんなの関係あるの? とさらっと言ってくれると期待していますが。 おまけ その1。1年前に買った多肉植物。なんだか茎…

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