わたしもお墓詣り

行ってきましたよ。雨は降っていたけど、お墓前の広間? にはちゃんと屋根もついているから大丈夫。温室みたいな鉄骨が設置してあるので、その上にブルーシートをかぶせ、ござを敷けば大きな応接間? 接待所? が出来上がるのです。写真が青っぽいのは、ブルーシートですっぽりと包まれた空間だからです。いちばん奥まったところに香炉があり、その前にごちそうが並んでいます。以前は各家庭で作ったけれど、今は買ってくるそうです。香炉の背後にある石が墓室の入り口で、動かすには3人の力が必要なんですって。このお墓は40年ほど前に以前の場所から立ち退きになってここに移転したので、遺体のままでお墓に納められたのは1人だけ、町に火葬場ができたので、その後はみんな火葬されたそうです。久米島では7年後に洗骨をするんだけれど、ほんとうに大変なのよ、とおばあちゃん。なんだか申し訳ないくらいに歓待されて、ごちそうの写真を撮りたいと言ったら、ラップまで取りかねない勢いで、さすがにそれは遠慮しましたが。次々とおまいりに来るのは男の人で、みんないい加減に酔っています。女の人は接待のために自分の家の墓で待ちます。「どちらさまですか。」と聞かれます。そりゃあそうだよね。みなさんといろんな話をします。でも自分が話すのはいいんだけど、話しかけられる内容は半分もわかりません。 お墓前広間から、外を見たところ。海が見えます。気持ちのいい場所です。天気さえ良ければ、ピクニックにもってこいの場所です。といっても、おうちのすぐ近くなのですが。10基近くお墓が並んで…

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旧十六日のお墓まいり

新聞に、こんな折込チラシが入りました。今年の2月20日は、以前にも書いたように、後生の正月だから。実際の店頭はこんな感じです。守礼紙銭というのがウチカビ(打ち紙、これは当て字だと思う)、つまり、お墓の前でご先祖様のために燃やすお金です。ハイキンググッズのような弁当パック、コップ、箸等が並んでいるのは、お墓の前で会食会をするからです。洗剤の箱は、親戚のお墓を回る時の手土産だと思われます。 山里ゆんたくのお店には、こんな張り紙も。おかあたちはきっと、ごちそう作りで忙しいんだね。学校も給食なし、午前中でおしまいです。久米島にお墓のない人にとっては、ただのお休み、ラッキー、というだけのことなんだけど、お墓のある人はそうはいかない、大変なようです。学校の先生で1人だけそういう人がいるのですが、若い娘さんなのに、私も行かなくちゃ、と、その日は飲み会の予定も入れられず、なんだか忙しそうです。なんでも、ほんの子どものころから連れて行かれるのが当たり前で、宿題もお墓の前でやっていたとか。 で私、図々しくも、お墓参りの様子を見に行ってもいい? と聞いてみました。あっさり、いいですよ、だって。え、内地ではないんですか? と逆に驚かれました。もちろん、ないです。だいたいが旧暦で何かやるということ自体がないんだから。それに、内地どころか、沖縄でも久米島と宮古島と糸満だけらしいんだから。まあお母さんは学校給食調理員、お父さんは町役場の観光振興課でお仕事ですから、私が行ってもそう嫌がられることはないのでしょう、と期待。さて…

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やっぱりね…またまたお墓のこと

これまでにも書きましたが(「お墓がいっぱい」「お墓アンケートと里の秋」「沖縄のお墓とカジマヤー」)、沖縄の葬墓制度、とても興味があります。それでこんな記事を見つけました。所有者不明のお墓が、都市再開発の妨げとなっているというわけです。やっぱりね、というか当然、こういう困ったことも起きてくるんですね。それにしても、同僚に「そんなこと(墓の放置)をしたら怒られますよ」と言われたこともあり、骨壺が残ったままで放置されたというのは、ちょっと意外です。 3年生の社会科で、地図記号の学習をします。内地では当たり前のお寺や神社の地図記号ですが、見ていてはたと思考が止まってしまいました。久米島に神社って、あったっけ?御嶽(うたき)はたくさんあるけれど。お寺って、あったっけ?東本願寺布教所の看板は見たことがあるんだけど。 鳥居は、あるんですよ。君南風殿内(ちんべーどぅんち)や南謝門(なんじゃもん)みたいに。沖縄では、神様というのは祖先なんですよね。祖先崇拝で、死んだ人がそのまま神となって後の人を守ってくれるというような。人によっては、こういう在り様を「トートーメ教」と呼ぶほどだそうですよ。神社と呼ぶのにはちょっと抵抗があるというのは、やはり私が内地の人間だからでしょう。むしろ英語shrineの方がすっと納得できるのは、こちらの方が汎用的な言葉だからかな。 トートーメというのは、位牌のことです。内地では夫婦で1つですが、こちらでは一族で1つです。家のメイン座敷に、こんなふうにトートーメのためのスペースが設け…

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沖縄のお墓とカジマヤー(風車)

新聞で、こんな記事を見つけました。これまでお墓のことを何回か書いたように、いろいろと興味は持っていましたし、そうでなくても1面のトップの扱いですものね。玉陵はなんといっても王家・第ニ尚氏のお墓ですから、中の様子はうかがうこともできませんが、那覇の隣の浦添市には、第一尚氏のお墓「浦添ようどれ」というものがあります。こちらは博物館内に実物大の墓のレプリカが作ってあるので、中がどうなっているのかよくわかりました。規模こそ違うものの、一般の人のお墓でも内部は似たようなもののようです。その昔は だいたいこんな流れだったようです。 1.棺に入れた遺体をそのままお墓の中に入れておく。 2.何年か後に取り出し、遺体を洗って、骨だけを取り出す。 3.骨を厨子や壺に入れて、墓の中に戻す。火葬の現在では、3の納骨だけです。それでもお墓の中には骨壺がたくさん並ぶわけですよね。 内地だと、若い人たちが都会へ出ていってお墓を守る人がいなくなると、お墓はそのまま放置されるか、無縁仏として扱われるかといったところですよね。沖縄ではそんなことはありえないそうです。私が同僚にその話をしたら、相手に「怒られませんか」と言われてしまいました。怒られるって、いったい誰に??と思うでしょ? ご先祖様に、だそうです。沖縄では、ご先祖様の方が墓を継ぐ人についてくるらしいのです。ですから町へ出た長男は町でお墓を手に入れ、そこへ故郷からご先祖の骨壺を運び込む。そうすると、故郷に残った親も安心するのだそうです。故郷のお墓については、ユタに頼んで墓じ…

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お墓アンケートと里の秋

久米島で、公営墓地を作る計画があるそうです。全戸に町民の意向を確認するアンケートが配られました。その内容がとてもおもしろい。問題は、大きさと場所、この2点だと思います。「1坪」のお墓についてどう考えるか。1坪と言えば畳2畳ですよね。私は、そんな大きなお墓がなぜ必要なのか?と思ってしまうのですが、職場での反応はというと、「えっ、狭い」でした。じゃあどのくらいほしいの、と聞くと、教室を見回して、この4分の1くらいかな、お金と相談だけど、だって。親戚が集まって、持って行ったお弁当を食べないといけないから、だって。きっと清明(シーミー)のことだね。沖縄の人にとっては、お墓というのは本当に家なんですね。別荘、別邸、離れ座敷・・・そんな言葉が似合いそう。 今後お墓を設けたい場所については、住んでいる地区内、町内、県内、県外という選択肢がありましたが、お墓が無制限に島のあちこちに広がっては、島の土地利用に支障をきたすのでしょうね。他にも、過疎化により、祭祀を受け継ぐ人のいなくなったお墓をどうするか、現在あるお墓の移転という問題もあります。 里の秋の風景から。台風でビニールの覆いが破れてしまったマンゴの温室。マンゴの花は1月に咲くのですが、雨にあたると実を結ばないのだそうです。こともなげに、また直すさ、だって。誰に頼むということもない、全部自分でやる。比屋定のおとうやおじいはみんなそう。 こちらも台風で倒れてしまったサトウキビ。なんと、本当に立ち直ってきました。すごいねえ。2月の収穫時までに…

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お墓がいっぱい

沖縄のお墓は、本土のものとはかなり違います。小さなおうちと言ってもいいくらいの大きさです。みんなが集まれるよう前庭が広いところなど、まったく現実の家(町は別。田舎の家。)と同じです。写真は昭和に作られたお墓で、石とコンクリートの併用のようです。 戦火の被害が比較的少なかった久米島では、昔ながらのお墓がたくさん残っています。本土の墓地や霊園とは違い、集落の端、高台で見通しの良い場所、多くは海の見える場所に建てられています。のびやかでいいお墓だと思いませんか?その分、土地の再利用・再開発の妨げとはなっているらしいのですが。新聞にも広告が入ります。島でも新築中のお墓を見かけることがちょくちょくあります。さすがに石造りではなくコンクリートの破風形ですが、壁などはかなり分厚くて、驚くほど頑丈な作り方です。大和型は、沖縄本島では見かけたけれど、久米島では見かけないような気がします。 さていよいよ真打登場。小港松原墓(こみなとまつばらぼ)。古くからの集落、西銘(にしめ)の東、小高い森の中にあります。1717年に完成。亀甲墓です。墓室の前面に琉球石灰岩(サンゴ石灰岩)をが積まれています。ヒンプンと呼ばれる塀で、魔物が中に入ってこないように、一般の民家でも玄関の前に作られています。石造りのものや、生垣、石造りの中央に木の扉を設けたものなど、いろいろあります。やはりお墓というのは、死後の家なのですね。 以前の沖縄の埋葬は、洗骨など、本土と大きく違っていたので、とても興味深く、そのうちにまた書きたいと思っています…

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