久米島マラソンの日

日曜日、久米島マラソンが行われました。清水の舞台から飛び降りるほどの覚悟で、通訳ボランティアに応募したのに、事務局からは、なしのつぶて。でもふてくされていても仕方がないので、出場している同僚の応援に出かけました。行けばきっと、なんかいいことあるさー、と思って。「ちばりよ-」というのは、がんばれよ、という意味です。5キロのFun runは9時30分スタート。スタート・ゴール地点は混雑が予想されるので、折り返し点のAコープで待っているつもりだったのですが、交通規制でたどり着けず、近くの町役場駐車場へ止めて、あとは歩き。沿道では、いすやビールケースにすわりこんで、みんなが思い思いのスタイルで応援、もちろん鳴り物入り。だってここは沖縄、エイサーの島ですもの。待つこと30分くらい?来た来た、5人の先生たちが比屋定ポロシャツを着て走ってきました。かたまっているからすぐわかったよ。レインボープロジェクトokinawaのTシャツを着て走っている人たちもいました。ひまわりさんも。何人(何本?)か見かけたから、グループなんでしょうね。でも、マラソンの応援よりも何よりも楽しかったのは、給水所です。三線や打楽器、歌で応援するんです。歌の合い間にもマイクで「がんばってー」なんて言いながら。おじいもおとうも、赤ちゃんをだっこしたママも、そして時には抱かれている赤ちゃんもアア、アアっておはやしをいれていました。 ママは子どもたちを遊ばせつつ、三板(サンバ。沖縄の打楽器)の使い方も教えて、子どもたちはちょっと覚えたらすぐに…

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運動会の華、エイサー

夏休みのサマースクールで、朝1時間、エイサーの練習が始まりました。3年生以上の子どもたちが演じます。職員室の一隅に、こんなふうにして形も大きさもいろいろな太鼓がしまってあります。たくさんありすぎて、数える気にもならなかったけれど、300人の児童生徒がいたころの名残なのでしょうね。衣装や頭巾、腰ひも、脚絆もたくさんあります。 エイサーは、もともとは男が演じるもので、女は踊りだったそうです。けれども子どもの人数が減ってしまった今は性別は関係なし、です。本来はお盆に、帰ってきた先祖の霊を送り出すための踊りですから、振り付けもゆっくりした動きだったそうですが、今は時流に合わせて? 速くて激しい振り付けが好まれるとか。毎年エイサー演舞用の新曲が出るみたいですよ。 沖縄の老若男女は、上手・下手はともかく、みんなエイサーは踊れるそうです。小学校でやっているからねー。学校へ入る前の子さえ、ミルクのあき缶で作ってもらった太鼓を持って踊っているからね。旧盆(今年の場合は8月23・24・25日だったかな)の時期には、島内あちこちの集落で青年団を中心に披露されます。といっても、港のある南の方だけ。比屋定だけでなく、島の北側はだいたい人がいないし。集落のエイサーでは地方が三線を奏でますが、学校ではCDです。 さて運動会の晴れ舞台。子どもたちの顔がはっきりしすぎず、それでもエイサーの雰囲気を伝えられるような写真を選ぶのに苦労しました。

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お盆とエイサー 番外編

南謝門(なんじゃもん)。お盆も終わって静かになったころ、うちからいうと島の反対側なので、車でふらっと出かけました。 鳥居があるから、神社なのかな。 鳥居の根元には歌碑もありました。久米島は歌碑だらけだからね。ここでは全島角力大会も行われます。くぐると本殿?です。琉球の赤瓦。内部。香炉があります。屋根裏にはられた植物までかわいらしい。張ってある紙に書かれた意味は、いくら振り仮名があっても私にはわかりません。知っている単語から想像するに、「みなさん、2018年もよいことがいっぱいありますように」というようなことでしょう。 比嘉(ひか)の集落の人たちは、お盆の中日になるとまずこの南謝門に集まって五穀豊穣を願いエイサーを奉納します。もちろん三線の生演奏つきです。私は直接には見ていないのですが、久米島空港の観光案内所でずっと映像を流しているので、それを見ました。踊りにしても歌にしても、沖縄ではプロというものはない。すべて集落の人たちが行います。だから素朴で力強い。 その後、道ジュネーをします。他の集落で、道ジュネーってなんですか、と尋ねたことがあるのですが、はかばかしい答えは返ってきませんでした。道ジュネーは道ジュネーでしょ、というわけです。地元の人にとっては当たり前すぎて、説明のしようもない、ということなのでしょう。そういえばゆし豆腐についても同じようなことがあったなあ。「昔は小さい字(あざ)では1軒1軒回っていたそうですけどね、うちは大きいからできないんですよ。」と教えてくれた人がいました。…

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西銘(にしめ)で散歩

西銘というのは、久米島でもかなり早い時期に集落ができたところだと言われています。1750年頃に立てられたという、国の重要指定文化財に指定された上江洲家もこの集落にあります。いろいろな意味で地の利がよいのでしょう。 先日ここで行われた角力大会では、中高生の部と成人の部の間に空き時間があったので、あたりを散歩しました。やはり古くからの集落だけあって、いろいろなものがありました。まずは角力大会の会場となった広場。元闘牛場跡地です。古くからの住宅が建て替えられて、現代的な住宅の立ち並ぶ閑静な住宅区域だというのに、立派な牛舎を発見。さすがに遠慮でもするかのように、集落のはずれに建っていました。 1頭出てきて、ポーズをとってくれました。耳に識別札をつけているところを見ると、近々セリに出されるのかもしれないね。この広場、さらに琉球王府の昔には、遠見番所でした。 確かにここからなら、海を行く船も見えます。そして住宅地の中にかくれるようにしてたたずんでいるのが「拝所」(はいしょ)。おがみの場所です。特定の神様というよりは、森羅万象をおがむということなのでしょうね、きっと。

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エイサーはすごいよ

お盆が近づいてきました。こちらは旧盆で迎えるので、毎年日にちが変わります。今年は8月23・24・25日。 ちょうど夏休みの終わりです。年によっては9月になることもあり、学校も半日休みになる島もあるとか。そういえば先生たちも、3日間のうち1日、特別休暇をとれるみたいです。ご先祖様をお迎えして送り出すという趣旨は内地と同じです。 内地の盆踊りもご先祖様に楽しんでもらう、送り出す、という意味合いだと思うんだけど、こちらのエイサーもそれは同じだと思います。ただ気合いが全く違う。会場の準備から練習、そして当日の運営まで、10か月をかけているそうです。1年中エイサーのことを考えているみたいなもんだね。 側面がぱくっとあくタイプの大型トレーラーが置いてあって、いったいなんだと思っていたら、なんとそれがステージでした。上に揃いの着物を着た男の人が5人、唄と三線の演奏です。うち1人はアメリカ人(多分)だったよ。中学の英語助手かな。受け付けもしていたから、青年部に参加しているんだね、きっと。10曲、およそ30分、演奏に合わせてエイサー組と踊り組に分かれて演じます。写真、ほんとにぼけちゃって。これでもいちばんましな写真なんです。腕が悪いのもあるけど、動きが激しいから、と弁解。この2人が、いわば狂言回し。お客さんの中に入り込んで、泡盛をついで回ります。多分、踊りの先生役なのかな。際だって上手でした。演技の後のあいさつ。みんな汗びっしょりでした。旧盆のこの時期、角力大会同様、エイサーもあちこちの地区で行われます。残念な…

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全島角力大会

角力と書いて、すもうと読みます。沖縄相撲は内地とは異なり、柔道着を着て、2人ともしっかり相手と組み合ったところから始まります。背中が地面に着いたら1本、3分以内の3本勝負です。だからスピーディーだし、技も大きくて、しろうとが見ても分かりやすい。解説の人が「3秒あれば1本とれます」なんて言っていたけど、ほんとにそう。技もいろいろあって、呼び方は違うけれど柔道や相撲と同じものもあります。重量別で行う大会もあるし、無差別の所もある。その辺は、主催する地区の青年会によります。地区によっては、女の人も参加できます。沖縄の中でも久米島は特に盛んで、夏になると各地で行われます。島内だけでも6回かな。中学の体育でも取り入れられているとか。選手たちはあちこちの大会でも出場しているんだって。沖縄本島や他の離島からも参加者がいます。内地の相撲と違って、どちらかというと小柄の、筋肉質の選手が多い。組み合ってから始めるので、体が大きいだけではダメらしい。ほれぼれするほど見事な体つきの人たちばかりでした。写真は選手宣誓の時の後ろ姿。遠くから撮ったからぼやけているけど。もともとこの時期の祭りは米の収穫を祝うもので(二期作だから秋ではなく夏なんです)、闘牛も行われていたそうですが、今は牛を飼う家も少なく、角力に落ち着いたみたいですね。成績優秀だった選手には、トロフィーと賞状と、あとこれでどうだ、まだたりないか、それならこれもだ、というぐらいの賞品の山が贈られます。とても一度では運びきれず、家族が来るまで運んでいます。絶対に欠かせ…

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