運動会から、学習発表会へ

運動会が終わりました。いかにも比屋定というか、比屋定に実に似つかわしい、at home な運動会でした。去年は各競技への参加者を募集するのに苦労しましたが、今年は希望者が多すぎてお断りするほどの大盛況、とくに職域リレーでは、久米島マラソンさながらの仮装で、久米島西中学校女子バレー部の部員勧誘まであって、(といっても、対象となる6年生女子は2人しかいないのですが)昨年以上の盛り上がりでした。 なかでも高学年の子どもたちのエイサー演舞は圧巻でした。とても11人とは思えない、迫力のある演舞でした。去年よりも、格段に上手になっているのが分かります。なんというか、去年は動きと動きの間で流れが止まってしまって、踊り手が手持無沙汰でいるように感じていました。やっぱりストリートダンスの方がいいよね、なんて思っていたのに、今年は、いいなあ、私も踊ってみたいなあと思ったほどです。 学区の人たちにも参加してもらう比屋定の運動会。今年は競技だけでなく三線生演奏での参加もありました。この流れを、秋の学習発表会にもつなげたいなと思っています。 以前から思っていたんだけど、音楽の発表会って、大作に挑戦して、音楽をもっともっと好きになるいいチャンスなんだよね。けれども比屋定校では複式学級の上に1年生から6年生まで同時授業、離島だから音楽の得意な先生にもなかなか出会えず、学習という意味では、子どもたちにとっては恵まれた環境とは言えません。私は教員ではなく支援員だから、そうそうでしゃばったことはできなかったけど、音楽を担当する…

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運動会で安波節

昨年同様の「比屋定学区大運動会」ですが、去年とちょっとちがって、私にとっての一大イベントがありました。高学年の子どもたちがエイサーを4曲踊るのですが、その第1曲が安波節(あはぶし)、三線の生演奏です。演奏するのは、昨年の送別会3人組とmasa56sanの孫娘(中3)です。今年の運動会、私はカメラ係なので、本来はそちらに専念すべきなのですが、演奏の間だけは他の人に替わってもらうという特別扱いです。 リハーサルがありました。安波節(あはぶし)って、習い始めに練習する曲だし、気楽に指定された日時にほいほい出かけて行ったら、運動場の特等席にイスもマイクも並んでいて、まるで野外ステージの趣です。目の前には鮮やかな緑の芝生が広がり、夕方の気持ちのいい風も吹いてきます。こうなると、見慣れたはずの景色もちがってきます。キャー、私、こんなところで演奏するんだと思うと、重要人物になったみたいでドキドキします。三線習っていて本当によかった、下手でもなんでも、図々しく人前で弾いてきてよかったと思う瞬間です。写真、いいのがあったらまた載せます。 運動会当日も、華やかな万国旗のもと、晴れがましくも「演奏は本校職員、朝比奈明子先生です。」と紹介され、村の人たちに見守られての演奏は感動的でしたが、あのたった1回のリハーサルにまさるものはありません。 「比屋定学区大運動会」、この形での運動会はもしかすると今年でおしまいです。来年は児童数が15人から8人に激減し、しかもいろいろとお手伝いのできる高学年の子は、たったの4人です。…

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わたしもお墓詣り

行ってきましたよ。雨は降っていたけど、お墓前の広間? にはちゃんと屋根もついているから大丈夫。温室みたいな鉄骨が設置してあるので、その上にブルーシートをかぶせ、ござを敷けば大きな応接間? 接待所? が出来上がるのです。写真が青っぽいのは、ブルーシートですっぽりと包まれた空間だからです。いちばん奥まったところに香炉があり、その前にごちそうが並んでいます。以前は各家庭で作ったけれど、今は買ってくるそうです。香炉の背後にある石が墓室の入り口で、動かすには3人の力が必要なんですって。このお墓は40年ほど前に以前の場所から立ち退きになってここに移転したので、遺体のままでお墓に納められたのは1人だけ、町に火葬場ができたので、その後はみんな火葬されたそうです。久米島では7年後に洗骨をするんだけれど、ほんとうに大変なのよ、とおばあちゃん。なんだか申し訳ないくらいに歓待されて、ごちそうの写真を撮りたいと言ったら、ラップまで取りかねない勢いで、さすがにそれは遠慮しましたが。次々とおまいりに来るのは男の人で、みんないい加減に酔っています。女の人は接待のために自分の家の墓で待ちます。「どちらさまですか。」と聞かれます。そりゃあそうだよね。みなさんといろんな話をします。でも自分が話すのはいいんだけど、話しかけられる内容は半分もわかりません。 お墓前広間から、外を見たところ。海が見えます。気持ちのいい場所です。天気さえ良ければ、ピクニックにもってこいの場所です。といっても、おうちのすぐ近くなのですが。10基近くお墓が並んで…

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島くとぅばあれこれ

以前に買った本「走る日本語、歩く島くとぅば」を読み終えました。予想以上におもしろかったです。島言葉について、日々の生活の中でなんとなく気になっていたことや、驚いたり腹が立ったりしたことが言語学の中に取り上げられている内容で、ちゃんと用語もついているということがわかって、私の中のもやもやも、はっきりとしてきてすっきりしました。その中から、いくつか例を挙げたいと思います。 1 ハイパーコレクション(過剰修正)方言に基づいた発音を、標準語の規則にのっとった類推から修正してしまうこと。それで私の感覚からすれば、発音とはまったくかけ離れた沖縄独特の表記が生まれたらしいのです。三線の先生が、うちなーぐちのわからない私のために、歌詞をひらがなで書いてくれることがあります。これがまた、どう発音したものか、さっぱりわかりません。先生は70歳代の方なので、旧仮名遣いだからわからないのかなあ、なんだか他の活字本に書いてあるのともちがうしなあ・・・と、ずっともやもやしていましたが、このせいだったのかも、と納得しました。 2 動詞の命令形。「しれ!」「見れ!」「食べれ!」っていうんですよ。どうも、若い人がよく使うらしい。学校でも子どもたちが使っているのをよく耳にします。「~させる」等の使役表現については、もっとぐちゃぐちゃで、ほんとわからない。 3 二人称「おまえ」老若男女を問わず、相手のことを「おまえ」と呼ぶんですよ。女の子がそう言っているのを聞くと、ドキッとします。この言い方、なかなか由緒のある言い方なのだとは分…

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真謝(まじゃ)で散歩

久々の集落散歩編です。(西銘で散歩、仲地で散歩、宇江城の散歩道など、ラベルの"散歩"も見てね。)真謝(まじゃ)はも久米島では古くからある集落で、学者仲原忠善を出した土地です。 以前からの集落の様子がよく残っている地区で、町の計画保全地区に指定されていたと思います。フクギの防風林や赤瓦の民家の家並みのことです。フクギについては、やむをえず切る場合には、どこにもう1本植えること、となっています。 戦後、コメの減反政策で稲作がサトウキビ栽培に切り替えられました。島の北側の比屋定や宇江城は、規模の大きい畑があるので、そこから切り出したサトウキビを南側の製糖工場へ搬入するために、島1周道路の整備が進んだらしいのですが、その時にこの真謝集落のフクギ並木が邪魔になって、けれどもなくしてしまうには忍びないということで、中央分離帯のようにして残してあります。「真謝のちゅらふくぎ」、観光用のパンフレットには必ずといっていいほど載っています。でもね、1周道路の1本内側に入ればこれこのとおり、お情けみたいにして残されたのではない、現役のフクギ並木が立派にそびえたっています。いいですね、自然で。ちっともわざとらしさや無理がない。あるべき所にあるべくして、立っている。 おまけ。天后宮。中国から来た冊封使(新しく王位についた国王を認める使者)の船が難破した時に、この地の人たちが命がけで救助したことを記念し、琉球王の命で航海の女神、天妃を祀る祠を建てたそうです。その折には中国の人たちからも扁額や銀が届いたそうで、その銀は明…

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出稼ぎに行こうかな

出稼ぎといっても、まあボランティアです。この島には最初からその心持ちで来ているんだし。実際には幸運にも十分なものをいただいているのですが。 全国的に、地域おこし協力隊という制度があって、若い人たちが3年契約で各地に入っています。地域の活性化をになうとともに、3年後にはその地への定住も期待されています(実際のところこれはなかなか実現していない)。久米島にも毎年数人が入ってきていて、島には離島留学生のための寄宿舎もあるくらいだから、教育関連で活動する協力隊員も多いようです。島に2校ある中学校には、学習支援員としても入っています。その人が、週1回、中学生のための勉強室を開いているらしい。それがちょうど三線のおけいこで山を下りる日なので、帰りにちょっとのぞいてみました。 1・2年は町役場の2階会議室で、受験生の3年生は改善センターの2階会議室と、分かれて勉強していました。写真は町役場、外からの様子です。灯りが煌々とついているでしょ。 まず、3年生の方をのぞいてみました。毎週出かける図書室の向かいの部屋でした。人数は4人ほどでしたが、さすが受験生、「ここがわからないんです」と、積極的に質問をしていました。取り組んでいたのは数学で、円周角の問題でした。調子にのって口を出して、できたのは自分でも驚き。でもその子は納得し、自分でももう1度手順を確認し、そして喜んでくれました。うれしかった。私が期待しているのはこういうことだったんだって、わかった。 1・2年生の部屋の方ものぞいてみました。こちらは人数(ざっ…

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