やっぱり紬、織りたいな

とある週末の山里ゆんたく。こんなものが置いてありました。これは絶対に紬の道具に違いない。聞いてみたら、やはりそうでした。このお店は、字のおかあたちが交替で店番をするみたいで、この日の担当のおかあが持ち込んだそうです。この人、いつもは西銘の共同作業所で織っているんですって。ちょっと見にくいですが、これは絞りの設計図です。大きな方眼紙に模様がびっしりと書いてあります。この図にあわせて、種糸を作ります。文字だけで知っている用語が、私の中で、ああそういうことだったのねと、実際の作業と結びついていく瞬間です。以前に織ったものの評判がよく、もう1つ同じものをと、注文が来たんですって。といっても染めから織からすべて手作業ですから、まったく同じ色がでるかどうかはわからないって。なんといっても染めより織りが楽しいのだそうです。自分の目の前で少しずつ、確実にできあがっていく楽しさ。いいなあ。久米島で数年修行したら、名古屋へ機を持ち帰ってできないかしら、でも工程がいろいろあって複雑だから無理だよなと、一度はあきらめたのに、そんな話を聞いていたら、やっぱりやりたくなってしまいます。この島にいる間、きっと何度もこういう気持ちの揺り返しにあうんだろうなあ。 おまけ。山里ゆんたくに売っていた、採れたて野菜の詰め合わせ。見た目もきれいで、クッキーの詰め合わせかなんかみたいに、すてき。

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八重山ミンサーと宮良殿内

公共施設は12月28日で閉館なんてことをすっかり忘れていて、石垣市立八重山博物館に行きそこねました。白保でシュノーケリングもしたいし、西表島にも行きたい、つまりまた石垣へは来るだろうから、それはいいんだけど、 もう1つ、ミンサー織り体験ができなかったのも残念です。初めに行ったのは八重山ミンサー工芸館。民間の施設で華やか、にぎわっていました。けれども華やかすぎて違和感が。その正体は、染色の方法でした。化学染料を使っているので、なんとも色鮮やかなのです。化学染料を導入したことによって、パリコレの素材に使用されたとか、夏川りみさんの紅白衣装を制作したとか、ミンサーの復興に貢献したという面はあるのでしょう。でもなー、久米島紬にあこがれる久米島住人の私としては、すっと受け入れられない。そんなわけで、機織り体験にも二の足を踏んだのでした。 ミンサ―というのは綿織物で、帯や手巾(てぃさじ。汗拭きかな。)のような幅の狭いものでした。だから絣の折柄も、四つと五つの四角を組み合わせたシンプルなものですが、八重山には苧麻で織られた八重山上布や、芭蕉布という織物もあります。偶然見つけた石垣市伝統工芸館で、昔ながらの手仕事で作られた着物等を見ることができました。久米島紬にもみられる鳥など、いろいろな文様もあります。どちらも暑い土地に似つかわしく、しゃりっとした気品があります。出かけたのが仕事納め28日の午後ということもあって、機織り体験ができず残念でした。記念に購入したコースターです。こういうものを織ることができたはず…

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機織り初体験

久米島紬の里ユイマール館へ行ってきました。これで学校から行くのは2回目、個人として行くのは3回目、つまり合計5回目です。見学ではなく、体験として出かけたのは初めてです。染色した糸が干されているのを見る機会が重なって、自分でもやってみたくなりました。染色ではなく、機織りの方ですが。 選んだのは、伝統的な久米島紬の図案である「鳥」です。具体的に、何の鳥、というわけではないそうです。樋を通して糸を引っ張って、足を踏んで、筬(おさ)をトントン・・・この繰り返しです。真ん中の部分では、緯糸を1本入れるたびに白い鳥が姿を現してきます。この白い部分を糸で絞って染めるんですね。経糸も緯糸も絹ですが、緯糸が手紬の太い糸なので(反物はもちろん、帯を織るよりも太い糸だそうです)20分くらいで織りあがりました。 ずっとついていてくれた先生役の織り子さんと交替します。私が織った部分を織機から切り離すための作業です。次の人が織り始められるように、しばらく織ってから(その速いこと!)、差し込んである白い厚紙をぬいて(その部分がフリンジになります)切り離します。ちょっきん! できた!トントンと筬を引くところがうまくいったので、しっかりとした固いコースターができあがりました。 縦16センチ横11センチ、久米島紬のコースターです。慣れるにつれて糸を引く加減がわかってくるので、布の端が凸凹せずにそろってきます。中央の鳥の部分の布端だけ白っぽくなっているのは、布の端になるように合わせるんだよ、という合印です。 目の前で少しずつ…

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サトウキビ授業

3年生の社会科の授業では、「工場でものを作る仕事」か「農家の仕事」のどちらかを選択します。久米島の小学校では前者を選択し、泡盛工場へ見学に出かけます。比屋定校でもそうです。工場が学校の隣にあるのですから。けれども学期末に少々時間の余裕があったので、サトウキビ作りの仕事についても勉強することにしました。なんといっても、masa56さんといううってつけの先生がいるのです。 教室でいろいろと疑問に答えてもらいました。水やりも肥料やりもしなくてもサトウキビは育つ、でも手間とお金をかければ、その分大きく育つ。刈り取りは、手作業でするよりも手でやった方が高くつく、でも後のこと等を考え合わせるとその方がいい。収穫したサトウキビを製糖工場へ搬入する期間が短いので、全部手では刈りきれない等々。教頭先生ものぞきに来て、質問をしていました。子どもの頃手伝いはしたものの、産業の全体像は見えていなかったからって。こんなに儲からなくては、やめる人が増えるのも当然だって。その点は久米島紬も同じです。 その後、学校の敷地内にあるサトウキビ畑へ。子どもたちが1年前に植えたものだそうです。そのうちには子どもたちが収穫して、煮詰めて黒糖を作るのだそうです。1本切ったら、まずは葉をむしって茎を取る。太い茎の下の方に糖がたまっているそうです。皮をむいてもらってかじると、じわっと甘い汁が口の中に広がります。サトウキビの節の近くにぽこっと出ているのが芽。プランターに植えます。芽は茎の両側についているので、芽が左右になるような向きに茎を埋め…

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比屋定の久米島紬

たまったアルミ缶を出すために歩いていたら、なんという偶然、染めた糸の枷が干してあるのを見かけて入り込みました。学校のすぐ隣り、5年生の子どもの家じゃないですか。おばあさんが紬を作る人だったんですね。私が西銘で不思議空間をさまよっていた頃、ここ比屋定でも仕上げの泥染が行われていたのです。年に一度の、染めにちょうどいい季節、ちょうどいい1日だったのですね。この日を逃さずにすんで、よかった。この1年で織る分を一気に染めるのだそうです。その量、8反(着物8枚分)。染めはもうこれで完了、陽光の中、気持ちの良い風に揺られて、絹の光沢を輝かせています。出来上がったテーブルセンターか何かが干してあるのかと思ったら、糸でくくってあるのでこんなふうに小さくなるのだそうです。いったいどんな布が出来上がるのでしょうね。でも染める人にとっては、絞った糸をほどいた下に現れる色の方が気にかかるようでした。「多分、赤っぽい茶色になると思うんだけど、出来上がってみるまでわからない」と。「1~3月はサトウキビの収穫で忙しいから、4月から織り始めるけれど、 そうとう一生懸命にやらないと、1年では織りあがらないだろうなあ。」とも。自宅の一階が作業場になっていました。駐車場兼倉庫だと思っていたよ。こんな贅沢なスペース、町中ではとれません。クバ笠の横に畳んでおいてあるのは、アメリカー(進駐軍)が使っていた布。うーん、こんなところに現代史が顔を出すのも、ここが沖縄だからこそ。下染めの染料、グール、和名はサルトリイバラ。柏餅を包む葉を採る木です…

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西銘(にしめ)の、陽だまりの中で

いつもの週末のように、島の図書室へ行った帰りです。今日はまだ野菜もいっぱいあるしなー、山里ゆんたくへ行くと買いすぎちゃうからやめようかなー、なんて思って車を走らせていたら、紬の糸を染色して干している風景を発見。西銘(にしめ)ユイマール、久米島紬の共同作業所です。久米島紬と呼ばれるものは、染色から織りまで、1人の職人さんがすることになっています。でも大変な作業だから、私が知っているだけでも島に3か所の共同作業所があります。絣になる部分を絞った糸を染めては干す、これを10回くらい繰り返すようです。この日の朝からでもう6回目だそうですが、これでも下染め、次に久米島紬の特徴である泥染を重ねるのだそうです。久米島に自生している木を煮出して、染料を作っています。何日も何日も煮続けるから、ガスではなく薪がいいんだって。薪割りも、手斧を使って自分たちで。でも後で気づいたんだけど、こんなに小さく割っているところをみると、多分これは燃料の薪ではなく、鍋で煮出す染料の元なのかもしれません。聞けばよかった。 この建物、以前は保育所だったものを使用しているのです。なるほど、保育室が横につながっていて長い廊下があるから、整経(織り機にかけるために、布のたて糸を整えること)にはもってこいです。 あえて改装することもなく、かつては入り口ホールだったであろうところに、さりげなく機り機がおかれていました。壁にかかった絵も、毛筆で書かれた保育目標の額も、なんだか時代がかっていますよね。私が子どもだったころの、公民館を間借りして…

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