すてきな人たちに会いました

ふらふら島歩きの途中で偶然出会った人。私の他にも、こんなところへ来る人がいるとは思わなかった、ですって。いっしょに。涙石へ向かいました。その昔、若き按司(あじ。支配者)が兄弟間の政争に巻き込まれ、故郷の粟国島に返された母を思って、この石(写真右下の石)に登っては粟国島を眺めたそうです。粟国島は見えなかったけれど、海はどこまでも続いていました。それから、サトウキビの真ん中に取り残されたような昔ののろし台へ。西銘にも同様のものがありましたね。外からの船の航行を、那覇の王府まで知らせるための場所です。 東京の方だそうです。夏の間はあった羽田からの直行便も終わり、那覇で乗り換えて。久米島は歴史的にも面白い土地だということで、話が弾みました。東京では久米島への移住説明会にも参加したそうです。問題はやはり生計を立てるための仕事を見つけること。どうしても、医療・介護・教育・保育に需要が偏ります。さらっとこちらへ移ってきた私は、やはり運がよかったのでしょう。 もう1人はピアノの調律師さん。久米島に来るとほっとするというのは、のんびりと仕事ができるということのようです。学校同士が近くて移動距離が少ないから、4台調律してもこの時間に(5時半くらいだったかな)仕事を終えることができるって。毎日の生活の中に、自分の時間をちゃんと確保することの良さを知っている人かな。イタリアでの生活というのも、多分そういうものだったんじゃないかな。いい仕事をしたい、だから時間に追われるのは嫌だ、みたいな。 子どもが独立したら…

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