どっこも行くとこないもん または海人食堂続編

うちの学校では、保護者参加の行事がいつも日曜日に行われるので、月曜日は振り替え休日にはなるものの、連休ではなく飛び休になります。どうして行事を土曜日にしないのかなあ、土曜日だと保護者が参加しにくいのかなあ、なんて不思議に思っていたのですが、保護者の都合ではなく行政の都合らしい。振り替え休日は、日~土のその週のうちに取らないといけないので、土曜日に行事をすると、行事前に取らないといけなくなるんだって。ただでさえ忙しくなる行事前に、休みたい人はいないでしょ。確か名古屋では、振り替え休は1か月以内に取ればいいんじゃなかったかなあ。他にも、だーれもやってこない夏のお盆時期にも閉校させないなど、変なしばりがあって、先生たちも気の毒です。 そういうわけで火・水・木の3日(月はあかたけ発表会の代休)お仕事をした後の3連休。ちょっといつもの週末とは違うお休みにしたいな、どこかへ行ってみたいなと思っても、混んでいるところも嫌だし、だから別に那覇へ行きたいとは思わないし、いちばん行きたいのは隣りの渡名喜島なのですが、宿泊施設が少ないので、海水浴シーズンでもないのにすでに満員。おまけにフェリーも2艘のうち1艘がドッグ入りしているし、波も高いし、どうしたもんかなあ。 天気が良ければ、まだ通ったことのない道を通って、まだ行ったことのないところへドライブ、ぐうたらでちっともしていないハイキング、そんなところかなあ。それとも、「遊びにいらっしゃい」と言われてそれっきりになっているおうちへ行くか。でもね、遊びに行って何をする…

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すてきな人たちに会いました

ふらふら島歩きの途中で偶然出会った人。私の他にも、こんなところへ来る人がいるとは思わなかった、ですって。いっしょに。涙石へ向かいました。その昔、若き按司(あじ。支配者)が兄弟間の政争に巻き込まれ、故郷の粟国島に返された母を思って、この石(写真右下の石)に登っては粟国島を眺めたそうです。粟国島は見えなかったけれど、海はどこまでも続いていました。それから、サトウキビの真ん中に取り残されたような昔ののろし台へ。西銘にも同様のものがありましたね。外からの船の航行を、那覇の王府まで知らせるための場所です。 東京の方だそうです。夏の間はあった羽田からの直行便も終わり、那覇で乗り換えて。久米島は歴史的にも面白い土地だということで、話が弾みました。東京では久米島への移住説明会にも参加したそうです。問題はやはり生計を立てるための仕事を見つけること。どうしても、医療・介護・教育・保育に需要が偏ります。さらっとこちらへ移ってきた私は、やはり運がよかったのでしょう。 もう1人はピアノの調律師さん。久米島に来るとほっとするというのは、のんびりと仕事ができるということのようです。学校同士が近くて移動距離が少ないから、4台調律してもこの時間に(5時半くらいだったかな)仕事を終えることができるって。毎日の生活の中に、自分の時間をちゃんと確保することの良さを知っている人かな。イタリアでの生活というのも、多分そういうものだったんじゃないかな。いい仕事をしたい、だから時間に追われるのは嫌だ、みたいな。 子どもが独立したら…

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台風25号と島の宝

台風24号チャーミーは、久米島と本島の間を通り抜けていきました。久米島は台風の進路の西側、本島は東側です。おかげで久米島では、通行止めになったのは海岸沿いのほんの一部だし、久米島深層水に関わるイベントが中止になったのは残念だけれど、(深層水の関係で、久米島はハワイ島と姉妹島? になっているのです。その7周年を記念して、ハワイアンフェスティバルが開かれる予定でした。ハワイと久米島のミニ物産展や、キラウェア火山救援のチャリティランチボックスを楽しみにしていたのに。)あとは食料品店の棚が元通りにうまるのを待つだけという感じです。ところが、これがなかなか難しい。本島とのフェリーが欠航だったり間引き(日に2便のはずが1便に)になったりして、ただでさえ入荷が少ないうえ、店に並ぶとすぐ売れてしまうから、夕方しか山を下りられない私たち学校職員は、ちょっとした買い物難民になっています。それでもましなんですよ。フェリーが運航されても、隣りの渡名喜島へは立ち寄れず、久米島への直行になってしまうんだから。大雨・洪水・暴風警報でなく波浪警報が、これほど生活に身近なものになるとは、思いもよりませんでした。 台風24号チャーミーの進路の東側となった沖縄本島は大変みたいです。いまだに停電から復旧できない地域もあって、食品を安全に保存できないから学校給食もできず、学校は午前中でおしまいと新聞に載っていました。久米島では、本島のパン工場が停電で揚げパンが届かず、メニューの変更があったくらい。パンと同様、本土から届く牛乳は1週間分ま…

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チャーミーの置き土産

これほど台風が続くと、台風に名前があるのはありがたいです。区別がつきやすい。 名前があるからと言って愛着は湧かないけれど。 ちっともチャーミングでないチャーミーの置き土産。停電のことはもう書きましたよね。ほかにもテレビのアンテナがずれたらしく、テレビが映らなくなりました。大家さんである町教育委員会にお願いすることになるんだと思うけど、いつ直してもらえることやら。(幸いアンテナは折れていなかったので、教頭先生が登って向きを戻してくれたら直りました。)ネットがつながっていて、本当に良かったよ。うちの裏の公民館(「星空ごくろうさん会」をしたところ)の外灯も倒れました。学校への通路。折れた枝がいっぱい。リュウキュウマツは折れやすい気がする。これも学校のモモタマナ。コバテイシともよばれる久米島を代表する木ですが、実がぼろぼろと落ちてしまいました。シャリンバイの並木も、実が落ちてしまいましたが、名古屋の我が家のヒメシャリンバイは大丈夫だったかしら。 ニュースでは、離島の店の棚がからっぽになった写真がでていますが、これ、ほんとうです。飛行機で来る新聞でさえ止まるくらいですもの、(4日分まとめてきました)飛行機よりももっともっと欠航になりやすい船のことです、入港が1週間も止まったら当然そうなります。まさに島は我慢、です。チャーミーが去った後、町へ買い物に出ましたが、コンビニの食料品は全滅です。それでもAコープにはそれなりに並んでいます。そばの麺、もやし、豆腐など、何を島で作っているかがよくわかります。コン…

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2度目のはての浜

台風さえこなければ、朝夕はともかく、日中は真夏に戻ったかのような久米島です。9月、2回目の3連休。暑い。海へ行くしかない。連休中日の朝、天気予報を見たら明日からは雨。これはいかん、どうしても今日行かなくっちゃと、8時19分に予約の電話を入れ、着替えて、車に飛び乗って、コンビニでおにぎりを買って、8時39分にはフィッシャリーナでお金を払うという早業。思い立ったら20分後には港にいて、40分後にはもう船に乗って、1時間後には果ての浜に立っている。 お盆で台風明けの先回とは違い、波も静かで絶好のシュノーケリング日和、のはずだった。ところがこの日は満月でしかも干潮は午後2時半。そんなことまで考えに入っていなかった… 泳がずとも歩いても来られるというのはいいんだけど、魚たちのいるポイントはせいぜい水深2メートル。先回来た時は3メートルか4メートルくらいはあったのですが。気合を入れてフィンまで借りてきた私、もぐる練習をしたかったのにこれではちょっと・・・先週のスキンダイビングで、静寂の中、深い青い海の中で魚の群れに囲まれていたことを思うと、やっぱり物足りないかなあ。リーフの外側にとまっている船からは、みんな潜っているんだよなあ…普通上陸滞在時間2時間の所を3時間におまけしてもらって、シュノーケリングの合い間には朝食兼おやつを食べ、お湯のような浅瀬に寝そべり、なんのかんの言っても十分に楽しみました。帰りには3匹のウミガメにも会えたし。でも今度来るならやっぱり満潮のときかな。 家へ帰る途中比屋定バンタで、今…

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スキンダイビング、デビュー

シュノーケリングの楽しさはバヌアツで覚えました。当時、情けなくも50肩を抱えていたので、ダイビングのライセンスは取れなかった。でもね、シュノーケルでも十分ステキだったので、それで満足していました。 シュノーケルっていっても、水面だけなんだけどね。もぐれるようになったら、もっと楽しいだろうなあとは思っていて、で、いつかスキンダイビングに挑戦したいと思っていました。スキンダイビングって、ようは素潜りだよね。幸いなことに、そんな私のささやかな(もしくは大それた?)願いをかなえてくれるインストラクターを見つけました。仲里マリンの武藤さん。女性で、東京からの移住者だそうです。 先日本物釣りクラブででかけた真泊港の外のポイントです。同僚の養護の先生と行ってきました。同僚はシュノーケリングそのものが初めてで、まずはライフジャケットを着て浮き輪をつかみ、こわごわ海に浮かびます。海中をのぞいたとたん、うわっと小気味いい叫び声が。だから言ったでしょ、と自慢したくなります。この日は海水の透明度も抜群で、本当にラッキーでした。オヤビンチャの群れが舞い踊る中、太陽の光が行く本物筋となって差し込む。ひらひらのイソギンチャクの中で遊んでいるニモ(カクレクマノミ)も見せてもらいました。同僚は石垣島の出身、西表山にも住んでいたことがあるというのに、これまで海の中の美しさを知らなかったわけです。武藤さんも私も「信じられない」と驚き、彼女も「今となってはもったいないことをした」と言っていました。満天の星空と海の中と、これだけはいく…

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